Every vice you destroy has a corresponding virtue, which perishes along with it. (Anatole France)

「あなたが滅ぼす悪癖の一つ一つには,それと表裏一体に美点がはり付いていて,それも一緒に消滅してしまう。」

(アナトール・フランス 『エピクロスの園』)

  • vice 「悪」「欠点」 ←→ virtue 「善」「長所」
  • correspond 「対応する」
  • perish  「滅びる,死ぬ,消え去る」
  • along with ~ 「~といっしょに」

フランス語原文は À chaque vice qu’on détruit correspondait une vertu qui périt avec lui.

 

vice と virtue には個人の欠点・長所という意味と,道徳的な悪と善という意味の両方があります。

前者の意で,欠点を矯正すれば,長所もまた喪われる,というふうに解すれば,人の欠点はすなわち長所でもある,欠点をなくそうとしてはいけない,それによって長所も消えてしまうのだから,そういう理屈になるでしょう。まあ,よく言われることではあります。

もっとも,この vice と virtue は個人の欠点と長所のことより,世にある悪と善のことを言っているようです。その理解では,善が善たるためには悪が存在しなければならない,という意味になります。

この項を岩波文庫版から引用すると,以下のようになります。

悪は必要である。悪が存在しなかったら,善もまた存在しないであろう。悪は善であることの唯一の理由である。危険から遠いところでは勇気が何であろうか?苦痛なくして哀れみが何であろうか?

献身も犠牲もあまねき幸福の真只中にあってはどうなるであろうか? 悪徳なくして徳を,憎悪なくして愛を,醜なくして美を考えることができようか?地球が住めるものであり人生が生きるだけの価値があるのは悪と苦悩とのおかげなのである。されば悪魔についてあまり嘆いてはいけない。悪魔は偉大な芸術家であり偉大な学者なので,少なくとも世界の半分は悪魔が造ったのだ。そしてこの半分は他の半分の中に緊密に嵌めこまれているので,前者を傷つければその同じ打撃によって後者に同様の損害を与えることにならずにはいない。一つの悪徳が破壊されると,それに照応して,それとともに一つの徳が滅びる。

『エピクロスの園』 アナトール・フランス (大塚幸男 訳)

「悪の魅力」というと誤解されそうですが,少なくとも,悪のない世界はこの上なく退屈な世界になるでしょう。善が輝き続けるためには,どこからか悪を供給しなければならないのですが,仕入れ先が減ってくると善そのものが痩せ細ってしまいます。

時々,若者の中に戦争待望の声が聞こえることがあります。大人はそれを保守化傾向のあらわれのように語ったりしますが,わたしには右も左も関係ないように思えます。平和しかない世の中は退屈きわまりなく,どこからか戦争を仕込んできたくなるのは当たり前でしょう。海の向こうの戦争・「語り継がれる」戦争・仮想現実の中の戦争,そのへんで我慢するしかないよ,いい歳した大人としてはそれくらいしか言えません。

この世には悪があった方がいい,ただしそれが我が身に降りかかってさえこなければ。本音はだいたいそんなところでしょうか。

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