「そしてシニシズムや疑念や『できっこない』と言う人々に出会うなら,国民精神を集約しているあの不朽の信条をもって答えよう。わたしたちにはできるのだと。」
英語の Yes – No は,動詞を肯定するか否定するかで決まります。Yes が日本語の「いいえ」に当たる場合もある,というのは有名でしょう。ここも,「いや,我々にはできるのだ」と訳すことも可能です。
アメリカ合衆国第44代大統領として Barack Obama が就任することが決定しました。2001年9月11日以来おかしな方向に変わってしまった世界を,もう一度再生させてくれるのではないか,選挙の興奮が一段落した今もそんな期待は高まるばかりです。
オバマが勝った,オバマを勝たせた,その事実だけでもアメリカとアメリカ人に対する敬意を復活させるに十分なものがあります。具体的にどうするのかなど何もわからないし,歴史はしばしば理想が最悪の現実を生み出すのを見てきたのですが,それでも空疎かもしれない理想を選択する勇気を目撃するのは,感動的なものです。
上は選挙結果が判明した直後に開かれたシカゴでの集会での勝利演説(出典はここ)の最後の一節です。4年前,イリノイ州の一地方政治家だったオバマは,民主党党大会のキーノート・スピーチで一躍全国的な政治家となりました。いわば,たった一回のスピーチの力でその名を知らしめた政治家であり,演説の見事さ(とアメリカ人のことばへの信頼)はすごいといわざるを得ません。
Well, I say to them tonight, there is not a liberal America and a conservative America — there is the United States of America. There is not a Black America and a White America and Latino America and Asian America — there’s the United States of America. (2004 Democratic National Convention Keynote Address)
「わたしは今夜彼らに言おう。リベラルなアメリカ,保守的なアメリカなどというものはない。あるのは合衆国アメリカだ。黒人のアメリカも,白人のアメリカも,ラテン系・アジア系のアメリカもない。あるのは合衆国アメリカだ。」
今回の演説は4年前よりも意図的にトーンをずっと落としています。勝利の興奮を押さえ,すでに次を見据えているようです。でも,国民(nation)の再生,We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal (すべての人間は生まれながらにして平等であるという真実を,我々は自明なものだと考える)という建国の理念の体現,ニヒリズム・シニシズムの拒絶といった基本は変わっていません。基本理念しかない,という批判もできそうですが,それが今まで政治に無関心であった層を参加させるという政治文化の変革をもたらしたわけです。その意味ではこの選挙は一種の革命だったのかもしれません。
すべての変革は多かれ少なかれその意図に反して挫折するでしょうが,そうとわかっていてもなお変革に賭けるのが反シニシズムたる所以なのかもしれません。