「バラはバラであって,バラ以外のなにものでもない」
有名な文句です。文法をぶち壊しているのところが,名文句たるゆえんの一つでしょう。
最初の出典は,ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)の詩 Sacred Emily の一節ですが,彼女自身もお気に入りの言葉だったらしく何度かこの言葉に触れていて,最初の rose に a がつくバージョンや,rose の数が違っているバージョンもあるようです。スタインはアメリカ生まれで,のちにパリへ移住して長いあいだそこで暮らします。 “America is my country, but Paris is my hometown.” ということばも有名です。20世紀前半の代表的なというか,異色のというか詩人・作家です。第一次大戦から戦間期にかけてのパリは,世界中から芸術家たちの集まった芸術の首都であり,彼女が交流した人もピカソ,マチスらの絵描き,ヘミングウェイ,パウンドらの小説家,詩人など多岐にわたります。ヘミングウェイらを Lost Generation と呼んだのも彼女だとされています。
有名な文句ですから,あちらこちらで引用されたり,改作されたりしています。私がきづいたものでは確か,Chaplin の「殺人狂時代」(だったかな?)の中のセリフとして使われていましたし,イギリスの元首相マーガレット・サッチャーは,”A crime is a crime is a crime.”と言ったそうです。Google で適当に検索してみると,たとえば “A child is a child is a child.”という言い回しで100件以上出てきます。
むろんこのことばは,「事物はその事物そのものである」という意味,論理学でいう「AはAである」という自同律,同一律を述べているということになるのでしょう。
たとえば,ナチスドイツの時代には,”Jews are Jews.” (ユダヤ人はしょせんユダヤ人だ)という言い方がされましたが,この場合主語のJews と補語の Jews ではコノテーションが異なっています。つまり,「ユダヤ人は××だ。」(××には発話者の偏見が代入される)というのに等しいわけです。
またたとえば,ルネ・マグリットの「これはパイプではない」(“Ceci n’est pas une pipe”)という絵は現実とイメージとことばの間のすきまをこじ開けた作品のように思えます。(フーコーが何か言っていたはずですが忘れちゃった)
スタインの言葉はそれらとはちがって,どの rose という単語も rose そのものでしょう。存在の揺るがし難さ,その驚嘆すべき自明さを語っているようです。
日本語で「桜は桜」というのとはちょっとちがいそうですね。