東京大学教養学部編 |出版社:東大出版会|2007年|1800円|高校生・一般向け|249p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆
すでに紹介した『16歳からの東大冒険講座』全3巻と同じく,東大が行う「高校生のための金曜特別講座」からピックアップした授業の書籍化。通算4巻目だが,出版社も変わり,ベネッセの援助も受け,本はオール・カラーになって,紙質も,ついでに定価も上がった,というわけですね。書店ではこれがいちばん新しく,いちばん手に入りやすいでしょう。
各講義のレベルはさまざまで,予備知識なしで読めるものもあれば,高校レベルの教科をきちんと頭に入れている人でも難しいものもあります。「学力低下」というレッテルが貼られることの多いいまどきの高校生の目線にまで何とか降りようとしている先生がこの本では多いのですが,高校生のレベルを無視した,または高校生に何がわかっているかがわかっていない先生も中にはいます。でも,わかる・わからないが問題なのではなく,興味が持てるかどうかが問題だと考えて読むのがいいと思います。全体的には,少しでも高校生の興味を引こうと考えた授業がいっぱいあります。わたし的には今回は文系的な話の方が面白かったかな。前は理系の方が面白かったんだけど。生物学関係がちょっと専門的すぎる気がしました。わたしには,ということですが。
ところで,第1講には,余談っぽく次のような話が載っています。
「大学で専攻する分野を大学入学前に決めるのが日本の主流です。ちょうど,皆さんは専攻分野の決定で悩んでいるのではないでしょうか?」
「しかし,全ての若者が高校生時代に自分の興味や適性を活かす分野を見つけることが本当にできるのか,わたしは疑問に思っています。」
「高校生時代では早すぎてデータ不足,根拠に乏しく,結局,本人の適性に即した選択ができていないのではないかと危惧します。大学に入る前に大学での専攻を決めるのではなく,大学でじっくり時間をかけていろいろな分野の学問に触れ,自分の適性にあった分野を探すことが必要だと思います。そのような,大学で広くじっくりと学ぶ時間を許すのが『リベラル・アーツ教育』です。」
これはわたしも賛成ですし,そのように考えている高校生・父兄・高校教師・大学教師はかなりたくさんいると思うのですが,なかなか,というか全く事態は変わりません。このへんのことは,またあらためて考えてみたいと思います。
《 目次 》
PART 1 : リベラル・アーツの世界へようこそ
第1講 スーパーマンを救え ― 再生医学の最前線 松田良一
第2講 あみだくじの数理 ― 「自由」な数学の魅力 桂利行
第3講 民主主義は今も魅力があるのか ― 問い直す意味 森政稔
第4講 「今ここにいる自分」の謎を解く ― 哲学への招待
PART 2 : 学問と実践 地球大の広がり
第5講 地球は「やさしい惑星」か ― 生命の絶滅と進化 磯﨑行雄
第6講 人生をファンタジー化しよう ― 中国・黄土高原から 安富歩
第7講 アフリカの飢餓・貧困と闘う ― 日系人科学者として Gordon H. Sato
PART 3 : 知る・学ぶことの意味,その喜び
第8講 榎本武揚から見た明治維新の世界 ― 領土国家の形成 臼井隆一郎
第9講 イングリッシュ・ガーデン誕生の裏側 ― その美学と政治学 安西信一
第10講 ふるまいと記述 ― 文化人類学の異文化理解 森山工
第11講 朝永振一郎と湯川秀樹 ― 高校時代からの軌跡 岡本拓司
PART 4 : 人間と社会を支える科学の力
第12講 先天的な運命は変えられるか ― 生命科学の発展 安田賢二
第13講 生物が持つ分子機械 ― 形と働きを解明する 栗栖源嗣
第14講 エネルギー源としての乳酸 ― 運動と疲労の関係 八田秀雄
第15講 快適生活を支える物性物理 ― 身近な世界への応用 前田京剛