東京大学教養学部編 |出版社:培風館|2005年|1300円|高校生・一般向け|214p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆
東京大学が高校生向けに行っている講座を書籍化したシリーズの第3弾。全三巻完結。
第2弾について書いたのはずいぶん前のような気がする。
第1冊め 「記号と文化/生命」はこちら。
第2冊め 「情報/歴史と未来」はこちら。
学問紹介や高校生のための大学教授による授業は最近ではだいぶ増えてきましたが,あまりうまくいっていないケースもあるようです。このシリーズは今でも続いていて,成功している方でしょう。
1部 文学
● 常識を破る ― ハムレットが太っていた 河合祥一郎
専門はイギリス演劇。
「ハムレット」にはハムレットに関して,He’s fat. という記述がある。だけどこのfatについては「汗かき」の意味だと解釈されてきた。「悩めるハムレット」という先入観がハムレット= fat というあたりまえの解釈を阻んできた。
そういうところから,文学や文化がいかに先入観から自由でないか,という方向へ話は進みます。
● 21世紀に読み直す宮沢賢治 小森陽一
専門は近代日本文学。
宮沢賢治の『狼森と笊森,盗森』という童話を解読していきます。人間と自然との関わり,制度と権力の発生という視点での解釈です。文学の解釈としてはよくあるパターンの1つですが,高校生には強引に見えたり新鮮に感じるかもしれません。
● 翻訳の不思議,文学のたくらみ エリス俊子
専門は日本近代の詩。
芭蕉の「古池やかはづ飛び込む水の音」の英訳18種類や,俳句に触発されたイマジズム運動,川端康成,村上春樹の英訳を紹介しながら,翻訳について語ります。翻訳家志望の高校生は時々いるのですが,これは翻訳の技術的なはなしではありません。文化の衝突としての翻訳論です。
● イタリア!イタリア!イタリア! 村松真理子
専門はイタリア文学,地域研究。
イタリアのあれこれを語っていて,ちょっとまとまりがないのですが,こういう語り口の方が高校生には興味が持てるかな。
2部 脳と心
● 大学で心理学を学ぶ ― 心理学との出会い,心理学のおもしろさ ― 丹野義彦
専門は臨床心理。
心理学はいま高校生には人気が高い学問なのですが,心理学についての誤解も多く,ちょっと心配ではあります。心理学はおおざっぱに言うと,科学であることを強く志向する「認知心理学」系と,より文系的というか(こちらだって「科学」と自称するでしょうが)われわれがふつう「こころ」ということばで理解しているものを扱おうとしている「臨床心理」系の2つに分けられます(ホントはさらにこまかく分かれます)。前者は「悲しみ」とか「悩み」とか「不安」といったとらえどころのない「こころ」ではなく,人間の情処理機構としての「こころ」を扱います。そして学問的にはこっちの方が今の心理学のメジャーとなっています。大学選びの際はよくよくその辺の情報を集めておいてください。
この筆者は「臨床心理」系なのでとっつきやすいかもしれません。
● 言語と脳から見た健康と病 酒井邦嘉
専門は言語脳科学。
こちらは認知科学系というか,脳科学のはなし。言語能力生得説(ヒトは言語を使う能力を遺伝的に持っているという説)は,今や言語学(生成文法派)のセントラル・ドグマになっていて,それを脳科学的に解明したいらしいです。わたしは,この説には???ですので,ふーんという感じですけど。
3部 数理
● 21世紀の物理学 ― 超弦理論とはどんなものか ― 米谷民明
専門は理論物理学(素粒子論)。
「物理学って何」というすごく大きなはなしから,超弦理論というすごく高級(というかわけわかんない)理論まで,おおざっぱに語っています。物理の知識不要。
● 知覚の複雑系理論 池上高志
専門は複雑系科学。
理系よりの認知科学。難しいですが,なんかすごいことを言っているな,おもしろそうだな,という気にはなれます。「自分がくすぐってもくすぐったくないのに,他人にくすぐられるとくすぐったいのはなぜか」なんていう問題意識はすごいと思いませんか。
● 微積分の力 薩摩順吉
専門は応用数理。
差分から微積を考える,というはなしかな。数式は出てきますけど,それほど難しくはありません。話題のでかさから考えると,ちょっと物足りない感はありますが,時間がないんでしょうね。
このシリーズは幅広い興味がないと通読しにくいでしょう。図書館で見つけて,ぱらぱらめくって,おもしろそうなところを読む,というのがいいでしょう。