大学入試の英文の出典 ― どこから採られているか? <4>

2007年度と2008年度の大学入試英文のうち,その出典が英語書籍からのものをピックアップしてみます。

まず,この2年で,2大学(2学部)以上で出題されている作家を挙げてみましょう。人名の後の数字がこの2年間の出題数。出題数2 というのが多いから,もっとデータを増やせば大きく変わってくるはずだが,出典を明示していない大学は今でも多いし,数年前だとさらに少ないので今後に期待するしかない。

 

アル・ゴア (Al Gore)   [4]  ご存知,合衆国前副大統領。ノーベル平和賞受賞者(2007年)。

"An Inconvenient Truth" 「不都合な真実」 からの出題が,北九州市立大,大阪府立大,長崎大の国公立3大学。別のゴアの文章からの出題が関東学院。わたしも持っているが,読んでない!

 

アンソニー・ギデンズ (Anthony Giddens) [4]  イギリスの社会学者。ブレア政権のブレーンでもあった。出題はすべて,"Sociology" から。翻訳もされている,代表的な社会学の「教科書」。慶應・商,お茶の水,新潟国際情報,東京農工(慶應,農工は第5版,お茶大は第4版,新潟国際は第2版)。新潟国際情報で出題しているのと同じ箇所を,わたしは20年くらい前に模試の問題として新作した記憶があって,ちょっとなつかしい。

 

デール・カーネギー Dale Carnegie [3] 大富豪のカーネギーとは別人(だよね?)。出題は "How to Stop Worrying and Start Living" (邦題:「道は開ける」)が2題(岐阜,福井),"How to Enjoy Your Life and Your Job"(「人生論」)が1題(帝京)。

このカーネギーもそうだが,ここに挙げたものの中には,Self-Help ものが多いような気がします。大学入試の英文の傾向とまでは言えないのですが,英語自体がかんたんで読みやすく,内容に専門知識がいらず,たいして知的関心がない若者にも取っつきやすいということが理由なのかどうなのか,安っぽい(失礼!)人生論や処世訓話のたぐいに出くわすことがあります。もちろん昔の入試にだってそのテのものはありましたが,昔のは,イギリス人のひねくれた人生観をこねくり回した文章で綴る式の,今風に言えばヘタレインテリ向け人生論でした(ラッセルとかモームとかリンドとか)。それがアメリカの一般大衆向け処世術に変わったということでしょうか。

 

デイビッド・クリスタル David Crystal [5] イギリスの大御所言語学者。一般向けの著作も多く,英語学を中心に言語に関わる様々な問題について発言している(インターネットの言語とか言語の死滅とか方言とか)。5題中3題は"How Language Works" からの出題(お茶の水,福島県立医科大,山形)。このうち,お茶の水と福島県医は同じ箇所からの出題。その他は滋賀と上智。これは読んだ。

 

デボラ・タネン Deborah Tannen [7] アメリカの社会言語学者。言語における性差に関する問題を扱うことが多い。エッセイ風で読みやすく,人気作家といってもいいかも。"You Just Can’t Understand" (「すれ違う女と男」)が2題,"That’s Not What I Meant!" が3題。持ってるけど読んでないな。

 

ハル・アーバン Hal Urban [2] 元教師のエッセイストらしい。"Life’s Greatest Lessons"(「心の癖」を変える20の法則)から,山口大と鹿児島大で出題。これも Self-Help もの。2006年には鳥取でも出題。

 

ジャック・キャンフィールド Jack Canfield [2] アメリカに "Chicken Soup"シリーズという一連の本があって,これはいろんな人から集めた「ちょっといい話」(実話)を本にしたものです。"Chicken Soup for the Soul" から始まって,10代むけやら教師向けやら何やらかんやら,シリーズはすでに100冊以上出ています。一冊も読んでませんが。日本版も「こころのチキンスープ―愛の奇跡の物語」以降数十冊翻訳されているようです。Jack Canfield はこのシリーズの編者。一編一編が短く,入試向けに使いやすいのでしょう。数もある(1冊100話くらい×100)からネタ切れしにくいし。Jack Canfield 編を明示した問題が2題(上智,奈良教育)で,それ以外にこのシリーズをネタ元の文章が慶應,佐賀,相愛などで使われています。

 

ジェシカ・ウィリアムズ Jessica Williams [2] 音楽をやっているジェシカ・ウィリアムズとは別人(だと思う)。"50 Facts That Should Change the World"(「世界を見る目が変わる50の事実」)という本の著者で,出題もここから(神戸,名古屋市立)。現代という時代の問題点を50の事実を通して切開しようという啓蒙書。「日本女性の平均寿命は84歳,ボツワナ人の平均寿命は39歳」とか,「タイガー・ウッズが帽子をかぶって得るスポンサー料は,1日あたり5万5000ドル。その帽子を作る工場労働者の年収の38年分」とか。うーん。ウッズがもらいすぎというべきか,ウッズすげえと讃えるべきか。

 

ケイト・フォックス Kate Fox [2] 人類学者。出題は "Watching the English: The Hidden Rules of English" (「イギリス人ウォッチング―その行動に潜むコードを読み解く」)から。イギリス人の国民性についての議論。一橋と東京外国語の2007年度の問題。

 

ケイ・ヘザリ Kay Hetherly [3] 日本に在住し大学で教えている先生。NHKラジオの「英会話」のテキストに連載した英文をまとめた本が"Kitchen Table Talk", "American Pie", "Tokyo Wonderland" などで,"Kitchen Table Talk"が滋賀で,"Tokyo Wonderland"が奈良県立と山形で出題。

 

レオナード・サックス Leonard Sax [2] アメリカの医師・心理学者。出題は"Why Gender Matters" (「男の子の脳、女の子の脳―こんなにちがう見え方、聞こえ方、学び方」)から。子どもの性差と教育のあり方がテーマ。明治学院と熊本県立で出題。

 

ルイス・コープランド Lewis Copeland [2] 高校レベルの全教科を教科書的に記述した"High School Subjects Self Taught"という本の編者。この本は翻訳もなく,ハードカバーで全4巻。これは持っていますが,ぶ厚いし,ぶこつな装丁。まあ教科書的教科書です。新刊としては見当たらない。アメリカのアマゾンで入手可。

 

リサ・ベルキン Lisa Belkin [2] この人は"Tales from the TIMES"という本の編者。New York Times が一般の人から集めた実話をまとめたもの。副題が "Real-life Stories to Make You Think, Wonder, and Smile, from the Pages of the New York Times"とある。「ちょっといい話」系のようです。翻訳はなさそう。杏林,福岡教育。

 

マルコム・グラッドウェル Malcolm Gladwell [2] アメリカ在住のライター。"Blink ― The Power of Thinking Without Thinking" (「第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい」)から横浜国立とノートルダム清心で出題。これまたセルフヘルプ系の本のようですね。

マイケル・ルモニック Michael Lemonick [2] Time誌の科学ライター。科学ネタということになりますが,書籍名は不明。信州と富山で出題。

 

ポール・オースター Paul Auster [5] いわずとしれたアメリカの小説家ですが,実は出題されている5題中4題はオースターの小説ではなく,オースターが編集した本から。"I Thought My Father Was God"という題名の本と"True Tales of American Life" という題名の本がありますが,同じ本のようです。NPRというラジオ局が集めた実話集。上の"Tales from the TIMES"や"Chicken Soup"シリーズと同工異曲ということになります。"Chicken Soup"は量で,"Tales from the TIMES"はNew York Timesの権威で,そしてこれはPaul Austerの名前で勝負しています。日本の入試ではオースターの勝ち。出版界でもそうかな。新潮文庫になっています(もちろん柴田元幸訳)し,英語対訳朗読CD付きバージョンもあります。ただし,日本版は5巻に分冊し,タイトルは「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」です。これはNPRのラジオ番組の時の企画名。いくつか読みましたが,ホントかよって話が多いような気が。

 

レイチェル・カーソン Rachel Carson [2] 誰も環境問題なんか気にしていなかった頃に,はじめてテーマとして取り上げ普及させた人として有名ですね。入試でも何度も取り上げられましたが,いまだに出ています。だいぶ減りましたが。"Silent Spring"(「沈黙の春」)が名城,"The Sense of Wonder"(「センス・オブ・ワンダー」)が宇都宮。

 

リチャード・カールソン Richard Carlson [2] 心理学者らしい。"Don’t Sweat the Small Stuff"シリーズ(「小さいことにくよくよするな!」シリーズ)。大妻と島根。ったく,セルフ・ヘルプもの好きですね。ちょっと宗教っぽくないですか?

 

サイモン・シン Simon Singh [2] 科学ライターとしてはいま一番人気かも。"The Code Book"(「暗号解読」)から防衛大と別のが神戸大で出題。

 

鈴木孝夫 Takao Suzuki [2] 日本の言語学者。ベストセラーでもあり,現代文入試でも出題されたことがある岩波新書の「ことばと文化」を英訳した"Words in Context"からの出題。慶應・看護と九州女子。日本語の英訳からの出題は多くはないが,他に養老孟司「バカの壁」や小熊英二なんてのもあります。

 

その他で気になるのは,Oxford UP から出ている Very Short Introduction シリーズからの出題。日本の新書(昔の学術志向の)やク・セ・ジュ新書みたいな感じのシリーズで,岩波から翻訳中です。出題は,"Journalism" (東京学芸),"History"(明治学院),"Globalisation"(上智),"Global Warming"(奈良県立),"Philosophy of Science"(慶應・医 以前には早稲田・政経も)なんてところです。

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