高校生用の分厚い英文法参考書のはなし (5)

英文法参考書をさらっと見ていくシリーズの第5弾。

毎回書いているのだけれど,基礎的なことはおおざっぱであれ理解しているという人向けであり,そういう人が学習過程で文法に関する疑問を持った場合に辞書的に使う文法書の紹介をする目的で書かれています。「基礎的なこと」を「おおざっぱ」に理解するとはここでは,品詞の働きや簡単な文法用語(不定詞の形容詞的用法とか副詞節とか)がわかっているくらいのレベルを想定しています。そのへんがまだ危なっかしい人は,基礎事項をひと月くらいの短期間仕上げてしまう必要があります。

目的が,疑問を解決するために辞書的に使うことだとすると,これらの本には当然高校レベルの説明をはみ出す部分が出てきます。出てこないと疑問に答えられないからです。逆に言えば,暗記用の本ではなく,調べて納得するためのものです。少なくとも「ふーん,よくわかんないけど,この点は学者も問題としてとらえていることなんだな」くらいの理解が得られれば収穫かもしれません。私たちがいだく疑問には,そこを掘り下げていくとすごい物が出てくる場合と,ガラクタしか出てこない場合があります。「よくわかんないけど,ここを掘り下げると結構いいものがでてくるかも」という発見も重要な発見なわけです。

 

★ 英文法総覧 (改訂版 安井稔 著 開拓社 1996)

文法についての学問は,1957年にチョムスキー(Noam Chomsky)という学者が登場して「生成文法」という考え方を提起する以前と以後とでは大きくちがっています。それ以前の文法は「伝統文法」と総称的に呼ばれていますが,「生成文法」は,外国語を学習するという目的のために作られたわけではないので,われわれが英語を学ぶときに使いやすい文法は「伝統文法」の方ですし,高校生用の(あるいは学習用の)文法参考書は「伝統文法」をベースに書かれています。

この本の著者である安井稔先生は「生成文法」を含む現代の言語学の大家のひとりに数えられる人です。ビッグ・ネームが執筆した高校生・一般向け文法参考書なわけです。といっても,安井先生はゴリゴリの生成文法家ではなく,語用論や機能文法や意味論といった領域も広くカバーしている方ですし,第一,この本はそれほど専門的に書かれているわけではありませんから,基礎的なことがわかっていれば,高校生でも読めるでしょう。難しい本という評判もあるようですが,それほどでもないと思います。

  • 読者対象 英語が得意~大学生・一般・英語教師レベル
  • 使用目的  大学入試レベルの英文法の各事項を理解している人が,さらに興味・疑問を持ったときのレファレンス
  • 長所  「参考」の部分は入試レベルを超えているものを含む。英語を体系として理解したい人にはいいでしょう。
  • 短所 例文が多いわりに,案外解説部分が少ない(特に基本部分)用に思います。「ロイヤル」のようなリストになっている部分が少なく,そうした情報を求めている人には「ロイヤル」の方がハズレがすくないかな。

全体としては第3回で取り上げた「英文法解説」と似た位置にありますね。

 

★ 英文法詳解 (杉山忠一 著 学習研究社 1998)

これまでの本はまあメジャーと言っていい本でしたが,ここからややマイナー(「やや」ですよ,やや)なものに入ります。ヤクルトファンとかAB型とか,世の中には「マイナーなものが好きっ!」っていうひともいるわけで,ちゃんと紹介しておきましょう。

この本は有名ではないのですが(というか有名ではないがゆえに点が甘くなるのかもしれないけど),なかなかいいんじゃないの,という本ですね。二色刷,レイアウトも地味で気づきにくいが読みやすさに工夫がある。内容的に見ても,基礎的なこともはしょっていないが,意外に突っ込んだ記述もある。文法オタクっぽい人にはもの足りないかもしれませんが,ふつうの高校生でも何とか使えるでしょう。言語学的理論よりも,筆者の経験的な知恵で書いたという趣きの本です。

 

  • 読者対象 英語が平均レベルの高校生~大学生(英語専門以外)
  • 使用目的  大学入試レベルの英文法にやや不安な人の総合的レファレンス
  • 長所  読みやすい。(読みやすさは,情報量が多いこのタイプの本ではばかにならない)「訳し方」の説明などは特徴的。
  • 短所 リスト的なものはあまり見当たらない。プロっぽい人にとってはおもしろみが少ないかも。新しい知見の組み込みも少なそう。

意外なダークホースです。人とはちがうものを求めるヤクルトファンの高校生必見。

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