リスニング能力を向上させるためのマテリアルの選び方は,学習経験,性格,目標,モチベーションの強さなどによって大きく変わります。ここでは,一般の方向けで(つまり,大学受験という枠をはずして) 中~上級のレベルを対象とすることにします。
自分はどのタイプか?
今の実力とかけ離れていては効果は上がりません。まず,あなたのタイプが次のどれに位置するのかを自己診断してみてください。
- 英語圏での在住経験がかなりあり,日常の英語のリスニングには苦労しないタイプ
- 英語を読むことにも,リスニングにもあまり自信はない,というタイプ
- 大学受験を通じて読解力にはまずまずの自信があるが,リスニングはちょっと...というタイプ
- 読むことには苦労しないし,リスニングもそこそこだとは思うが,読む力には追いついていない,というタイプ
あなたが第1のタイプに属する幸運な方なら,あまりアドバイスすることはありません。そのまま力を伸ばせばいいだけで,後述の,あるいはそれ以外のマテリアルのどれでも気に入ったものをかたっぱしから吸収していってください。ただし,このタイプの人は耳から英語に入った人が多いので,語彙面や文法的正確さに欠ける人を時折見かけます。リスニングよりも,むしろ多読に重点を置いた方がいいかもしれません。
あなたが第2のタイプに属するのであれば,リスニングだけでなく,読む力も並行して伸ばしていく必要があります。語彙力も必要だし,文法についての理解も,書く話す訓練も必要で,このレベルを脱するにはけっこう努力が必要です。ただ漫然とやっていてもいちばん伸びにくいレベルです。
第3のタイプの人は,多聴・速聴をめざすよりも一つ一つのリスニング課題に集中して,精度を上げることを心がける方が近道だと思います。この段階では,「たくさん聞いているうちに自然と聞き取れるようになる」ことがまったくないわけではありませんが,その「たくさん」とは一日に最低数時間というレベルの話で,あまり現実的ではありません。トランスクリプト付きの教材で鍛えていった方が効率的でしょう。
第4のタイプの人は「読めるが聞き取れない」というタイプですが,この「読める」というのは辞書なしで新聞・雑誌・ペーパーバックを読める人という意味です。辞書なしでは無理,という人は第3のタイプだと考えてください。このタイプでは,量をこなすことが必至になりますので,ジャンル・スピード・国籍・くだけ方の点で様々なバリエーションの英語に触れていかなければなりませんが,逆にただ聞き流すだけでは伸びにくい場合が多いのは,第3のタイプと似ています。トランスクリプト付きの教材による精聴と,多聴を組み合わせて学習するほうが効率的だと思います。
教材の選び方
まず理解していただきたいのは,1 のタイプの人以外にとって,日常会話はいちばん難しいということです。逆にいえば,内容が専門的でなければ固い英語の方が聞き取りやすい,ということです。このことは,リスニング力よりもリーディング力が上回っているすべての人に言えることです。
長期の現地生活の中で言語を習得する場合以外なら,これはあらゆる語学の宿命のようなものです。現在日本の中国語教育の第一人者と言っていい相原茂先生がご自分の体験としていて書いていた,中国の子どもの会話が聞き取れなかった,その子の何十倍もの中国語を知っているのに...という話を読んだことがありますが,日常会話は文法的には完全でなく,語彙的には俗語が混じり,内容的には文脈と人間関係に強く依存し,スピードが速く...といった特性を持っているため,プロであってもなかなか大変だと思います。
でも,日常会話の聞き取りこそ英語学習の目的ではないのか,ふつうに話せて聞けるようになるために英語を勉強するのではないのか,そういう反論があるでしょう。そのとうりなのですが,それに答える前に前提として押さえておきたいのは,先ほどから聞き取るのが難しいと言っている日常会話とは,ネイティブ同士の日常会話のことだということです。こちらがたどたどしい英語で話しかければ,相手は意識的にか無意識的にか,ネイティブ同士の時とは違う英語を話すようになり,これは格段に聞き取りやすくなります。ある程度日本で暮らしているネイティブは,日本人相手だとたいていこの聞き取りやすい英語で話してくれます。
先ほどのことばをきちんと言いかえれば,ネイティブ同士の日常会話のリスニングはいちばん難しい,ただしノン・ネイティブ(つまり私たち)との日常会話の聞き取りはそれほど難しくはない,ということです。ですから,聞き取りにくい日常会話とは,ネイティブがたくさんいる中にあなたが一人だけ混じった場合を考えてくれるといいでしょう。日常会話の聞き取りこそ英語学習の目的なのでは,という疑問の答えとしては,とりあえずネイティブがノン・ネイティブの私たちに聞き取りやすく話している内容は最低限つかめるようにするという第一段階をめざし,その後ネイティブ同士の会話まで聞き取れるようにするという第二段階へ進むという二段構えの戦略を提案したいと思います。
リスニング練習に話を戻すと,たとえば映画やドラマを教材にする場合,ここでの日常会話はネイティブ同士ですから当然難しくなります。英語教材として映画は適切ではない,と言っているのは野口悠紀雄氏ですが,いくつかの例外を除けば私も賛成です。映画から英語を学ぶのは楽しいことですし,楽しみながら力がつけばこれに越したことはありませんが,効果の点では疑問符が付きます。各出版社もいろんな思惑で力を入れてはいますが,映画,とくに現代の映画の聞き取りはわれわれにとってはレベルがかなり高いということを承知しておいてください。
固い英語の方が聞き取りやすいし,通常しっかりした英語,崩れていない英語ですから学習用にも適切だということになります。この点では,ニュース,講演,スピーチ,講義,ドキュメンタリーなどが候補になります。反面,それが自分には関心が持てないジャンルということもあるかもしれませんし,はっきりいって面白くないものもあります。自分の専門外のことでも積極的に吸収していく知的意欲は,どんな人にも持っていてほしいのですが,そうはいっても,日本語で聞いてわからないものを英語で聞いてわかるはずはありません。日本語で聞いてつまらないものが英語では面白いということは,なくはないですが難しいでしょう。やはり,自分の好みに合ったものを選ぶことが大切でしょう。
リスニング学習というと,英検,TOEFL,TOEIC 等の教材に飛びつく人もいます。仕事や学校の都合で余儀なくそうせざるを得ない場合もありますが,できれば別の選択肢を探した方がいいと思います。テスト教材は集中して聞かなくてはならないので,その点では効果は十分あると思います。集中したリスニングの方が,だらだら聞いているよりも効果が上がることは証明済みですし,「聞き流すだけで英語力がつく」という宣伝文句は,よく「不当表示防止法」にひっかからないもんだとあきれてしまいます。でも,テスト教材で英語を勉強するのはちょっとさびしいし悲しい気がします。集中を強制されるよりも,いつの間にか集中しているという勉強の方が継続はしやすいでしょう。今ではインターネット上に,かなり多くの,しかも無料のリスニングの素材がころがっています。
まとめ
- まず自分のレベルを知る,そしてそれに応じた学習法を選択する
- たくさんリスニングをするより,他の学習を重視する方がめぐりめぐってリスニング力強化の近道になることもある
- 学習用にはトランスクリプト付きの教材がのぞましい
- 日常会話は難しい
- 映画やドラマはリスニング教材にしにくい(選び方が難しい)
- TOEICなどのテスト用教材は集中力を要求する面では優れているが,継続しにくい
具体的なリスニングの教材は (2)で扱います。