著者:大津由紀雄 |出版社:NHK出版(生活人新書)|2007年|700円|高校生~一般向け|220p.|独断的おすすめ度 ★★★☆
著者の大津由紀雄さんは,慶應大学教授。生成文法系の代表的言語学者であるだけでなく,認知科学,語学教育などの分野で幅広く活動されている方です。MIT大学院で学んだ Chomsky 門下のひとりということになります。
タイトルの「英語学習 7つの誤解」とは,
- 誤解1 英語学習に英文法は不要である
- 誤解2 英語学習は早く始めるほどよい
- 誤解3 留学すれば英語は確実に身につく
- 誤解4 英語学習は母語を身につけるのと同じ手順で進めるのが効果的である
- 誤解5 英語はネイティブから習うのが効果的である
- 誤解6 英語は外国語の中でもとくに習得しやすい言語である
- 誤解7 英語学習には理想的な,万人に通用する科学的方法がある
言うまでもないことですが,これらは「誤解」であり,すべて「誤り」であるというのが筆者の見解です。そして筆者の見解は言語学や英語教育に関わる人たちの間では,必ずしも特殊な意見ではなく,むしろ多数意見に属すると思われますし,わたしも基本的に同意できることばかりです。ところが,「言語学や英語教育に関わる人たち」の周辺にいる人たち,具体的には父兄,産業界,行政,英語教育業界では,その常識と非常識がまったく入れ替わってしまっているのが実情です。
筆者の立論の基礎になっているのは,母語・第二言語・外国語では習得プロセスが違う,という事実であり,「誤解」はこれらを混同することから生じていると考えられます。
上の誤解の多くは,「わたし(日本人)は子どもの時から日本語を自然に身につけた。ゆえに,英語も同じようにして自然に身につけることが可能なはずだ」という暗黙の前提にもとづいています。母語習得と外国語習得は同じだという前提がなければ,少なくとも上の 1 ~ 5 までは成り立ちません。そして筆者はこの母語習得プロセス=外国語習得プロセス という考え方をしりぞけます。
母語(たとえば,日本で,日本語を使いながら生まれ育った人にとっての日本語)と外国語(たとえば,日本で,日本語を使いながら生まれ育った人にとっての英語)は理解しやすいと思いますが,第二言語とは,たとえば日本人の親から生まれて日本語を習得したが,幼少期にアメリカなどの英語環境で何年も暮らした人にとっての英語を言います。一般には,第二言語と外国語を同一と見なすことが多いのですが(逆に言えば,母語獲得 vs 第二言語・外国語獲得 という構図),筆者はむしろ第二言語獲得と母語獲得の以下のような共通点に注目しています。
- その言語に日常的に触れている(母語環境での獲得)
- その言語を運用できないと生活の維持が困難になる
ここでは,母語・第二言語獲得 vs. 外国語獲得 という図式が重視されています。学習プロセスにおいては,ことばに対して意識的な取り組みが必要かどうかが分岐点になります。
外国語は「自然に」身につけることはできず,「意識的に」学習しなければならない,というのが筆者の考えであり,わたしにはたいへん説得力のある議論に思えます。
もちろん,筆者の論理を敷衍すれば,自然に身につけたいという人にも道はあるはずです。それは,外国語としてではなく,第二言語として習得する道です。そのためには,「その言語に日常的に触れる」,つまり英・米・豪・加などのネイティブ環境で,「英語を使えないと生活の維持が困難」になる場に自分を追い込む必要があります。それには日本で築いた関係・地位などを犠牲にしなければならないかもしれず,しかも最低でも数年はかかるでしょうが。