著者:山田雄一郎 |出版社:大修館書店|2006年|1600円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
英語の教師をやっていればだれでも気づくことのひとつは,日本語の読解能力が高い生徒は,英文読解の能力が高い,少なくともその能力を伸ばしやすい,ということです。文章を読んでいてこういう流れになったなら,次にこういうことを言うはずだ,とか,この言葉は本心ではなく皮肉でいってるんだろうなという推測は,日本語と英語とであらわれ方は違っていても似たようなものだと言えるでしょう。そうしたものを読み取ることを「行間を読める」と呼んだり,「読解力がある」と言っているわけです。日本語の読解力がない日本語を母語とする生徒が,英語を読むときだけ突如としてそういう能力を発揮するなんてことはありえません。
『英語力とは何か』は,英語教育や英語教育政策について精力的に発言している山田雄一郎氏の本で,大書店の英語教育・英語学関連の棚には平積みになっている本です。
大修館「英語力とは何か」より
この本の中で山田氏は,上で述べたような教師や生徒の直感を,「共通基底能力」仮説ということばで説明しています(そして,この本の大前提になっているのがこの仮説です)。これは日本語であれ英語であれ語学能力全般の共通基盤が存在するという仮説で,左の図で言うと,色の濃い三角形に相当します。
山田氏の定義によれば,英語力とは,
英語力=共通基底能力+変換能力(図のb)+英語形式の運用能力(図の表層部分)
であり,この定義にもとづいた英語力の訓練は次の4点に集約されるべきだと考えています。
- 基底能力(知識や経験)の強化(日本語・英語を問わない)
- 英語の出入力チャンネル(直通経路)の形成・強化
- 言語形式に関する知識(文法・語彙)の習得と活性化
- 言語形式を運用する技能の訓練(4技能を中心とする技術的訓練)
これまでの英語の訓練は図のc の部分,つまり伝統的な訳読授業のような英語と日本語を直接対応させる訓練だったが,本当は b の訓練が必要なのだ,というのが山田氏の議論の中心になっていて,ここから具体的な訓練方法をさまざま提示しています。
さて,共通基底能力があるとして,しかし疑問点も残らないわけではありません。たとえば,4技能すべてにおいてこの図式が有効なのかどうか。読解力においてはこの図式はかなり通用すると思いますが,それ以外の話す・聞くといったスキルにおいては,日本語の基底能力とのつながりは見えにくいだろうと思います。おそらく氏はBICS(日常的なやりとりに代表される技能)とCALP(認知的学習のための言語能力)を区別し,読解以外でもCALPの育成を中心に考えているのだと思われます。でもBICSの育成だってなかなか大変なのでは,という気がしないでもありません。
また,わたしの考えでは,基底能力との接続自体がこころもとない状態であり,したがって運用にはほど遠いというのが多くの場合だと思います(イメージとしては左のような)。
でも,英語力をどのように考えて,どのように伸ばしていけばいいのかという方向性について,わたしは基本的に共感できます。語学に関しては世の中にはウソと思いこみがはびこっていますが,この本で提起されていることはきわめて現実的な指針となりえます。もちろんそれを(つまり図式の b の方向性を)どう具体化していくかはまだまだ見えてきません。現場もいろいろ試行錯誤しているのでしょうが,解答らしい解答は見つかっていません。英語だけでなく,日本の教育の在り方全体の問題もあります。そもそも教育に何ができるかという問題もあります。それを言っちゃおしまい,かもしれませんが。