村上龍のニューヨーク・タイムズへの寄稿

作家・村上龍が9月8日版のニューヨーク・タイムズに寄稿しています(原稿の日付は7日)。

タイトルは Japan Comes of Age 「日本は成人を迎えた」。衆院選における民主党の圧勝をめぐる日本人の変化のはなし。600語ほどの短い論文です。英文の質から考えて,村上氏が日本語で書いたものをネイティブのスタッフが英訳したものでしょう。訳者の記載がありませんので,スタッフはNYT側ではなく,村上氏側の人物だと思われます。

 

原文は → Japan Comes of Age   by Ryu Murakami (The New York Times)

  • come of age  ― 成人する

 

著作権に配慮して全文の引用・翻訳は控え,主要な論点だけをピックアップしてみたいと思います。

 

LAST week, some news outlets called it a revolution when the Democratic Party of Japan unseated the Liberal Democratic Party, which had been in power here almost continuously for a half-century. The old guard was out, replaced by a breath of fresh air. So why don’t people look happier?

The Japanese people are realizing that no government has the power to fix their problems. But this is a good thing — Japan is finally growing up.

先週,民主党が自民党を打ち破った時,メディアの中にはそれを革命と呼んだところもあった。自民党は半世紀間ほぼ一貫して政権の座にあったからである。旧態依然たる古顔が消え,新鮮ないぶきが流れ込む。だとしたら,なぜ人々は浮かない顔をしているのだろうか?

どんな政府になろうとも諸問題を解決する力はないと日本人は認識しつつあるのである。だがこれは悪いことではない。日本がようやく大人になり始めているということなのだから。

  • outlet  ― 出口,はけ口。「ニュースの出口」というのは,この場合は各種報道機関のこと
  • the Democratic Party of Japan / the Liberal Democratic Party  ― 「民主党」/「自由民主党」の英語での正式名称。略して,DPJ / LDP 。
  • old guard  ― 保守派,守旧派,古顔
  • a breath of air  ― 「一陣の風」のように空気を「数える」時に breath を使う
  • grow up   ― 大人になる

 

「人々の浮かない顔」というのは,選挙後の民主党政権に対する「期待と不安」のことを言っています。「変わってほしいけど,変わるかなあ?」というのは,国民の多くの感情を要約するもので,村上龍はこれを日本人の成長ととらえたいわけです。何ごともお上がわるい,責任は上にあり,上が変われば世の中が変わる,そういう発想自体が幼児的であるということをいいたいのでしょう。村上のその感想は選挙後に各メディアが映し出した国民の声から生まれたもののようです。人々は民主党政権に対する期待を表明しつつも,

the melancholy expressions on their faces belie their stated expectations.

言葉に表れた期待感とは裏腹に,顔に浮かぶ表情はどこか憂鬱さをにじませている。

  • belie  ― ~を隠す,~を裏切る(感情など)

 

村上は,自民党長期政権を支えてきた基盤とその変化について語ります。

In the past, the government was able to fix our problems. After World War II, Japan’s growth was largely state-directed. (…) Today, in part because of our aging society and our troubled pension system, the government simply doesn’t have the money to make everything better.

昔は,政府が諸問題を解決することは可能だった。第二次大戦後,日本の成長は主に政府主導で勧められた。(…) 今日,高齢化や年金問題の紛糾もあって,政府がすべての改善策に手をつけるには,金がまったくたりない。

  • state-directed  ― ~-directed で「~に導かれた」
  • aging society  ― 高齢化社会 (イギリス英語ではageing というつづりもある)
  • pension  ― 年金
  • simply + not  ― どうしても・まったく・・・ない (not + simply ~だけではない)

 

かつては,農村を中心とする地元に利益を誘導し,その見返りに票を獲得するという自民党を支える基盤がありました。

They(=politicians) functioned more as lobbyists than as politicians, and it’s hard to imagine a softer job. That’s why they love to have their sons and daughters follow in their footsteps.

彼ら政治家は政治家というよりもロビイストとして機能していたのだ。これ以上おいしい商売はありえないだろう。自分の子どもにあとを継がせたがるのも無理はない。

  • function  ― 機能する
  • lobbyist  ― 圧力団体
  • soft job  ― 楽な,うまみのある仕事
  • follow in one’s footstep  ― あとを継ぐ

 

しかし,高齢化や経済の停滞により,地元への利益誘導 票の獲得 という構造は破綻します。地元利益自体が齟齬をきたし,すべてを同時に改善することができなくなります。

But a landslide victory won’t give the Democratic Party the money to both construct all the roads and finance the hospitals. National and local government finances are on the verge of collapse. The Japanese are not naïve enough to rejoice over a change of administration at a time like this, or foolish enough to believe that their lives are about to improve.

だが地滑り的に勝利したからといって,道路建設と病院への補助をともに可能にする金を民主党が手にするわけではない。政府も地方自治体も財政破綻の瀬戸際にある。国民は,このような時期に政府が変わったからといって浮かれるほど単純ではないし,生活がよくなると信じ込むほど愚かでもない。

  • landslide victory  ― 地滑り的勝利
  • construct   ― 建設する
  • finance  ― 資金,資金を融資する
  • on the verge of ~  ― ~の瀬戸際で
  • naïve  ― 頭が単純な
  • rejoice over ~  ― ~をよろこぶ
  • administration  ― 行政,政府

 

すべてを同時によくすることができないとすれば,幼子のようにそれでも全部ほしいのだと泣き叫ぶか,さもなければ何かを選択するか,どちらかしかありません。

The depressing truth is hitting home.

気の滅入るような真実がぐさりと突き刺さっている。

  • depressing  ― 人を憂鬱にさせるような,落ち込むような
  • hit home  ― 胸にぐさりとくる,響く home(副)「ぐさりと,痛烈に,ずばっと」

 

日本は何かを捨て,何かを選ばなければならないという時代に来ている。

The days when everything worked like a dream and everyone’s standard of living kept rising are over, and have been for a long time. Now that there is no longer enough money, the Japanese public has to make some hard choices.

万事が夢のようにうまくいき,国民全員の生活水準は右肩上がりで上がっていくという時代はとうの昔に終わっている。十分な金がない以上,国民は困難な選択に迫られているのである。

  • standard of living  ― 生活水準
  • keep Ving  ― Vしつづける
  • now that S+V  ― 今や・・・なのだから
  •  

    最後は次のように終わります。

    Deep down, we all know this. That’s why the gloomy expressions on the faces of Japanese on the street haven’t changed. But this does not mean we are on the verge of decline or decay. We’re merely experiencing the melancholy that any child goes through as adulthood approaches.

    誰もがこうしたことを心の底では承知している。街頭での日本人のふさぎ込んだ表情があいかわらずなのはそういうわけだ。といって,日本人が衰退・衰亡のふちにいるということではない。日本人は,子どもが大人になっていく時に通過する憂鬱を今経験しているということに過ぎないのである。

    • deep down  ― 心の底で
    • gloomy  ― 憂鬱そうな
    • decline  ― 衰退
    • decay  ― 腐敗,衰退
    • go through  ― 経験する

     

     

    青年は無限の可能性を信じているが,大人というものは自己の有限性を直視し,無限の選択肢の中から困難な選択をしなければならない。選択するということは残りを捨て去ることでもある。それは憂鬱なことなのだけれど,それが大人だ。かつて無限の成長を夢見ていた日本は,やっと選択と捨象という現実を見つめる位置にたどり着いた。およそそんなことを言っているのでしょう。別に民主党を選択したことが大人だと言っているのではありません。民主党に託しつつも冷めた顔をしている,それが大人(の自覚)だ,ということです。

     

    英語としてむずかしい文章ではありませんが,少なくとも英文で読むと,論旨が取りやすい論文ではありません。論旨が前後したり,飛躍したりという箇所がいくつもあります。英語の文章としての構成とは異なる構成で書かれているからです。でも,きっと日本語の原文だとそれほどの異和感がないのだろうと推測します。そのへんが翻訳の難しさ,というか限界なのでしょうか。

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