語彙レベル★☆☆☆|ストーリー★★★☆|知的興奮度★★★★|前提知識☆☆☆☆|対象レベル 英検2級以上|ジャンル 純文学|314p.|英語
ポール・オースター(Paul Auster) を有名にした「New York 3 部作」です。つながっているようで,つながっていない中編小説3本で構成されています。
日本では柴田元幸訳で有名になりました。柴田元幸氏が訳した現代アメリカ小説は,村上春樹が訳したアメリカ小説と並んで,柴田文学とでも言うべき一ジャンルを形成しています。柴田訳で読むのもそれ自体の価値があるでしょうが,ここでは原書を紹介しておきます。
3部作を一冊にまとめた本と,3冊に分冊しているバージョン,それに日本で刊行されているバージョンがあります。日本刊行版は,巻末に語彙がついているのがうれしいかもしれません。
3部作は次の3つで,それぞれの語彙レベルを示しておきます。
- “City of Glass” (邦題:「シティ・オブ・グラス」) ★☆☆☆
- “Ghosts” (邦題:「幽霊たち」) ★★☆☆
- “The Locked Room” (邦題:「鍵のかかった部屋」) ★★☆☆
星を微妙に分けていますが,この中でいちばん語彙レベルを高くした “The Locked Room” でも,ふつうの小説よりはやさしめでしょう。三作のキーワードは,ニューヨーク,小説,探偵。
まず,”City of Glass” は,探偵小説を書く小説家である主人公 Quinn のもとに一本の間違い電話がかかって来ることから始まります。
‘Hello?’ said the voice.
‘Who is this?’ asked Quinn.
‘Hell?” said the voice again.
‘I’m listening,’ said Quinn. ‘Who is this?’
‘Is this Paul Auster?’ asked the voice. ‘I would like to speak to Mr Paul Auster.’
‘There’s no one here by that name.’
‘Paul Auster. Of the Auster Detective Agency.’
‘I’m sorry,’ said Quinn. ‘You must have the wrong number.’
‘This is a matter of utmost urgency,’ said the voice.
‘There’s nothing I can do for you,’ said Quinn. ‘There is no Paul Auster here.’ (“City of Glass”)
ねっ,おもしろそうでしょ。Quinn を Paul Auster と間違えてかけてきているのですが,Paul Auster とはこの小説の筆者自身なわけです。ここからQuinnは,探偵 Paul Auster となって,ある人物の追跡を始める,というストーリーです。こう書くとひところ流行した,小説自体がネタ,作者と読者自体を主題にした<メタ小説>のように見えるかもしれません。事実そういうところもあり,ポストモダンな小説の一つとして扱われることもありますが,あまり理屈っぽくはなく,迷路のようなストーリーを楽しんで読めると思います。ただし,巻末ですべての謎が解決される推理小説のようなものを期待しているとはぐらかされるかも。
二作目の”Ghosts” も探偵の話。ある探偵が謎の人物から依頼を受けて,別の謎の人物の監視を始めます。その監視が何カ月にも及び,次第に監視しているのか監視されているのかわからなくなって...というはなし。
三作目の “The Locked Room” では,そこそこ売れた小説家の主人公が,突然消息を絶った少年時代の友人の原稿をその妻から受け取って出版するのですが,主人公は友人の妻と恋におち,その上原稿が大ヒットした後になって死んだと思っていた友人から連絡がきて...。わたしはこれがいちばん好きかな。全体的に村上春樹を思い出させる展開です。
単語レベルを人工的に押さえて,ノン・ネイティブ向けにリライトされているものや,児童・青少年向け文学をのぞけば,この本(とくに “City of Glass”)はこれ以上やさしく書けないというレベルです。この語彙でこれだけの小説が書けてしまうことに驚きます。
それと,”City of Glass” にはマンガのバージョンがあります。文字を多くしたアメ・コミというかんじで,特におすすめはしませんが。