A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 3

第3回。

第2回まではホームズの思い出でした。

ようやくここから,ホームズが登場します。ワトソンとホームズの久しぶりの再会。

 

One night — it was on the twentieth of March, 1888 — I was returning from a journey to a patient (for I had now returned to civil practice), when my way led me through Baker Street. As I passed the well-remembered door, which must always be associated in my mind with my wooing, and with the dark incidents of the Study in Scarlet, I was seized with a keen desire to see Holmes again, and to know how he was employing his extraordinary powers. His rooms were brilliantly lit, and, even as I looked up, I saw his tall, spare figure pass twice in a dark silhouette against the blind. He was pacing the room swiftly, eagerly, with his head sunk upon his chest and his hands clasped behind him. To me, who knew his every mood and habit, his attitude and manner told their own story. He was at work again. He had risen out of his drug-created dreams and was hot upon the scent of some new problem. I rang the bell and was shown up to the chamber which had formerly been in part my own.

His manner was not effusive. It seldom was; but he was glad, I think, to see me. With hardly a word spoken, but with a kindly eye, he waved me to an armchair, threw across his case of cigars, and indicated a spirit case and a gasogene in the corner. Then he stood before the fire and looked me over in his singular introspective fashion.

ある晩,1888年3月20日のことだったが,患者への往診の帰りに(というのも,一般開業医に戻っていたからなのだが),道すがらたまたまベーカー街を通ることになった。あの思い出深い扉の前にさしかかると,それが心の中で求婚のこと,『緋色の研究』の陰惨なできごととどうしても結びついてしまい,ホームズにまた会ってみよう,会ってあの桁外れの才能の働きぶりを見てみたいという強い想いに駆られてしまったのである。あの部屋には皓皓(こうこう)と明かりがついていて,見上げるているその時にも,長くて細い彼の影が二度ほど通り過ぎてブラインドに映った。彼は首うな垂れて手は後ろ手に組み,一心に部屋の中をせかせか行き来していた。僕は彼の気分や習性なら何でもわかっているから,その物腰や挙動を見れば一目瞭然であった。また仕事に取り組んでいるのだ。麻薬のもたらす夢見心地から脱し,新しい事件の手がかりを追うことに情熱を傾けているのである。僕はベルを鳴らし,かつては半分僕のものでもあった部屋へと通された。

ホームズの態度はそっけなかったが,今に始まったことではない。それでも,僕と会えてよろこんでくれたのだろうと思う。ほとんどことばには出さず,やさしいまなざしだけでアームチェアをすすめ,葉巻のケースを投げてよこし,酒が並ぶケースとガソジンは部屋の隅にあるよとばかりに指で示した。それから,暖炉の前に立ち,独特の考え込むような風情(ふぜい)で僕をながめた。

 

bythefire
  • journey ― 「旅行」という意味だが,これは通勤・通学などの移動・行程の意味でも使える。
  • for I had now returned to civil practice ― この for は等位接続詞。「というのは・・・だから」。 civil practice の practice は「(医者や弁護士の)開業」 (ex.) go into practice 「開業する」 She is no longer in practice. 「もう開業していない」 civil は「民間の」の意味。Watson はかつて軍医としてアフガニスタンへ派遣された。なお,ここで「開業に戻った」とあるが,ワトソンが以前に開業していたという記述はホームズシリーズにはなく,シャーロッキアンのあいだでは議論になっているらしい。
  • when my way led me through Baker Street ― この when の前は過去進行形, when の後は過去形になっているが,この
    過去進行形…, when 過去形 ~

    という順で並んだ構文は,重点が後にあり,「・・・しているとその時,~した」となる。 when 以下は直訳すると,「わたしの通り道がわたしを導いてベーカー街を通過させた。」
  • As I passed ― as は「同時性」を示す。「・・・した時,・・・すると,・・・しながら」など,従属節の内容が主節と同時並行的に行われたことを示す。
  • which must always be associated in my mind with my wooing, and with the dark incidents ― be associated with ~ 「~と結びついている,関連している」 in my mind は挿入句で,with 句が2つある。 must は「どうしても~せずにはおかない」。
  • woo ― 「求婚する」 ワトソンの恋愛時代のことを振り返っているのだと思われる。
  • Study in Scarlet ― 「緋色の研究」(「緋色の習作」と訳されることもある)。ホームズシリーズの第1作目。ワトソンとホームズの出会いから,同居,初めてのふたりでの事件解決が描かれている。
  • I was seized with ― 「~にとらわれた」 seize /sɪːz/ 「つかみ取る,とらえる」
  • a keen desire to see ― desire to V 「Vしたいという願望」 to see と to know の2つがdesire につづく。
  • employ ― 「利用する」
  • brilliantly lit ― 動詞 light 「火をつける,明かりをともす,明るくする」の活用は, light-lighted-lighted と light-lit-lit の2種類がある。過去分詞では,副詞を伴わなければ lighted cigarette のように lighted を使い,副詞を伴えば本文のように lit を用いる。
  • even as I looked up ― 「見上げた時でさえ」。「僕」が見上げていた数十秒の間でさえも,ということであろう。
  • saw his tall, spare figure pass ― see + O + V(原形) 「OがVするのを見る」の形。spare 「ほっそりした」, figure 「人物,人影」。
  • against the blind ― against ~ は「~を背景にして」という意味。ここは,ブラインドの後に人影があるわけではなく,夜だから明るい窓というキャンバスの上でブラインドの影が下地になり,その中に人影が動く,ということではないかと思う。
  • pace ― 「ゆっくり・規則正しく歩く,行ったり来たりする」。
  • with his head sunk upon his chest and his hands clasped behind him ― 付帯状況の with 。典型的には,
    with + 名詞 + 分詞
    という形で,「名詞が分詞である状態で」「名詞が分詞して」「名詞が分詞したまま」のような意味になる。ここでは,「彼の頭が胸に沈み込まされ,手が背後で握りしめられた状態で」ということ。
  • To me, who knew his every mood and habit, ― , who は関係代名詞の非制限用法。先行詞を追加的に説明する。おおげさにいうと,「僕にとっては,あっそうそう,僕って彼のムードやクセは全部知ってるんだけど,・・・」というかんじ。一般に,固有名詞や人称代名詞が先行詞なら,関係詞は非制限用法になる。
  • his attitude and manner told their own story. ― tell its own story 「それだけで明らかだ」 = to explain itself, without needing any further explanation or comment: Her face told its own story. (OALD) この場合,「彼の態度や所作から語られる物語」とは,次の,彼が新たな仕事に取り組み始めたことである。
  • at work ― 「働いて,仕事中で」 = working
  • He had risen out of his drug-created dreams ― 過去完了なので,この時点ですでに「夢うつつ定かでない状態」から抜け出ていた,ということになる。
  • was hot upon the scent of some new problem ― be hot on ~ 「~に熱中している」 scent 「におい,手がかり」
  • was shown up to the chamber which had formerly been in part my own. ― show 「案内する,(人を部屋に)とおす」 (ex.) show the guest into the living room 「客を居間にとおす」。 up to となっているのは,ホームズの下宿が2階にあるから。 formerly 「昔は」, in part 「部分的に」。なお,ヨーロッパの古いアパートは1階に管理人(コンシエルジュ)や主人が住んでいる。だから,2階に「とおした」のはこの下宿の主人であるターナー夫人(Mrs. Turner 後出)のはず。ただ,この作品以外では主人はハドソン夫人ということになっている。
  • effusive ― 「(感情が)あふれんばかりの」= showing much or too much emotion (OALD)
  • It seldom was. ― It は His manner を指し,was の後ろに effusive が省略されている。
  • gasogene
  • With hardly a word spoken, but with a kindly eye ― これも付帯状況だが,2つめは「道具・手段」のwith「~で」ともとれる。 not a + 名詞 は強い否定で「1つの~もない」。hardlyにしてすこし弱めているが,「ほとんどひと言も話さずに」。
  • wave ― 「手で合図する」
  • throw across ― この across は副詞。「向こう側に」(この場合は,向こう側から「こちら側に」投げる)。
  • indicate ― 「(手や指で)示す」
  • spirit ― 「アルコール類」
  • gasogene ― 「ガソジン」(ソーダ水製造装置)    ————————>
  • look over ― look ~ over 「~を調べる」
  • in his singular introspective fashion ― in ~ fashion ≒ in ~ way, in ~ manner 「~なやり方で」「~な様子で」 introspective 「内省的な」

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