どんな言語であれ,語学学習の最初のツールにして最終兵器でもあるのが「辞書」です。昔から,辞書を使いこなせれば語学は上達するとか,「できるやつ」は辞書の引き方からして人とは違うとか,昔は辞書を1ページずつ暗記して,そのたびに1ページずつ食べた(!)とか,辞書については多くのことが語られ,伝説化さえされてきました。これから述べることは,そんな大げさなことではなく,ある程度の学習を積んでいるならどんな学習者も経験的に知っていることです。よく,「携帯や・パソコンは機能が豊富すぎて使いきれない」という話を耳にしますが,辞書もその機能がじゅうぶん使われてはいません。最近はあまり辞書の引き方の指導などがなされていないようなので,参考になるかもしれません。
書店に行けば,「英和」「和英」「英英」,そしてその他「口語辞典」「イディオム辞典」「スラング辞典」「絵入り辞典」などさまざまな辞典がありますし,「英和」に限っても,十数種類は出版されているでしょう。もちろん,紙の辞典と携帯用電子辞書,さらにはCD-ROM(DVD)の辞書や,ネット上のオンライン辞典などもあります。まず最初に取り上げるのは英和辞典です。電子辞書については別に取り上げますが,操作の仕方以外は基本的に同じです。
「辞書の使い方」を読もう
辞書には冒頭に必ず「この辞書の使い方」「凡例」などがついています(電子辞書にもあります)。これが,辞書のマニュアルに当たるわけですが,形態のマニュアル以上に読む人は少ないでしょう。ほんとは一度通読した方がいいのですが,少なくとも辞書を使っていて「あれ?これ何のマーク?」なんて思った時はこの「使い方」を探してみましょう。携帯・パソコンと同じでいちど使い方に習熟すれば,今後出会ういろんな辞書にも対応しやすくなります。
最低限,次のことは知っておきましょう。(「ジーニアス」英和辞典なら,「この辞書の使い方」が書かれている以外に,表紙の裏側に簡単に「おもな規則」としてまとめられています)
- 発音記号
単語の見出しのすぐ後に発音記号が載っているはずです。/ /か[ ]に囲まれているはずです。初めて出会う単語は必ず発音を確認しておいてください。発音記号については,このサイトではこのページで解説してあります。 - 語義の配列
単語の意味はたいてい何個もあるはずですが,どのような順番で載せているかは辞書によって違います。たとえば「ジーニアス英和辞典」第3版では,その単語の中核的な意味を先に載せる方針でしたが,第4版(G4)では,頻度順(よく使われる意味順)になっています。 - 語法・用法の表記
動詞の場合ならどの文型で使えるか(SVOなど),進行形や受け身にできるかどうか,形容詞なら限定用法,叙述用法どちらかしか使えないかなど,重要な情報がどのように出ているかも「使い方」に書かれているはずです。 - 例文ののせ方
例文は非常に大事です。ここを見る習慣をつけるかどうかで格段の差がつくでしょう。例文の載せ方は辞書によってそれほど違いがありませんが「使い方」にでているはずです。大事なところは,- 見出し語は「~」になっている
- ( ) の中の語は省略可能,[ ] の中の語は直前の語と入れ替え可能,を表している
です。例をあげると , glad の項目には I am ~ (that[when]) her son passed the examination. という例文が出ていますが,「~」はgladが入り,that はwhen と入れ替えてもよいが,両方とも省略してもよい,という意味です。
- さまざまなマーク
品詞のマークは必ずありますが,それ以外に- は自動詞, は他動詞
- は可算名詞(countable noun), は不可算名詞(uncountable noun)
- ((正式)) は固い表現,((略式)) はくだけた表現
などは知っておかなければなりません。
- 電子辞書の場合
電子辞書の画面上の表記はペーパー辞書と同じですが,キー(とくに,用例や解説のキー)と検索用ソフト(例文検索や熟語検索)はマニュアルで確認しておいてください。
辞書の限界を知ろう
辞書は語学学習の最終兵器,と言いましたが,しょせん道具は道具です。日本の英和辞典は,本場アメリカ・イギリスも含め世界中の英語辞典の中でも,語法解説のくわしさなど群を抜く水準ですが,辞書だけですべてが解明できるわけではありません。辞書にできることとできないことをはっきりさせておく必要があるでしょう。
本来ことばの意味は文脈の中で決まります。ひとつの単語の意味は,その単語自身の中に含まれているというよりも,その単語が置かれている状況や,前後の語や文との関係の中で意味がそのつど生まれてきます。文脈がなければ意味は決定できないのです。
辞書は,そうした前後関係をすべて抜き去って後に残った滓を集めたもの,と言っては言い過ぎかもしれませんが,辞書はそういう一面から抜け出すことはできません。辞書に「意味」として並べられているのは,じつは「意味」というより,その語と「言い換え」「置き換え」ができそうな別の単語の一覧なのです。だから辞書を引く人は,そこに並んでいる「言い換え」語たちから,「意味」を推測していかなければならないことになります。辞書に意味は載っていないのですから。
たとえば,辞書である単語の意味を探しても,ぴったりした訳語が載っていないかもしれません。いちおう訳語が見つかっても,全文を日本語にしてみるとなんか意味不明の文になってしまうかもしれません。いちおう意味は通っても,なんでこんなところにこんな単語を使うのかしっくりこないかもしれません。これらは英語に触れていればしょっちゅう出くわすことです。辞書に載っている訳語=「言い換え」語にあくまで忠実であろうとするとこうした壁にぶつかってしまいます。
辞書は中学校一年生が作った「 have 持つ」というような単語帳と本質的には変わりません。「言い換え」語の羅列です。といっても英和辞書には百数十年間にわたる先人の苦闘が結晶しているわけですから,「意味」へと接近するさまざまな工夫がなされています。その工夫を手がかりに辞書を武器として,文脈の中で意味を発見=生成すること,これがみなさんに求められていることです。
さて,今言ったことと矛盾することにも触れておかなければならないのが,教師のつらいところ。ひとつは「教育的」配慮,もうひとつは「受験」への配慮。
「文脈の中で意味を発見=生成する」といいましたが,それは「自由に」訳をでっちあげていいということではありません。「自由に」思い浮かんだ訳がその文脈にふさわしいかどうか,それを判断するにもかなりの能力が必要になります。私はどちらかというと生徒の「自由な」訳には甘い方ですが,それでも生徒が選んだ語には別のニュアンスが含まれてしまって「ダメ出し」せざるを得ないことがよくあります。また,特に,単語を暗記する時には,その単語の最大公約数的な意味(つまり,いちばん応用のききそうな「言い換え」語)を覚えておかないと,次に出てきたときに困ります。文脈に応じた訳は文脈が変われば,そのつど変わるわけで,といってひとつの単語に無数の訳語を暗記するわけにはいきません。少数の訳語を覚えておき,それを文脈に応じて変えていく,という能力をつちかう必要があります。
受験では「英文和訳問題」がしばしば出題されるわけですが(これについてはいろいろ議論があります),この際どこまで「自由に」書いていいのかは難しい問題です。ふだんその生徒に触れている教師なら,「ああ,この生徒はわかっていてこう訳してるんだろうな」とか「こいつ,テキトーに逃げたな」とかが,日常の授業という文脈から推測できるわけですが,一期一会のテストではそれができません。「この単語はちゃんとわかっていますよ」という合図を出題者,採点者に向けて送っておかないと,(特に頭のかたい)採点者を誤解させるリスクがあります。こんなばかばかしいことを言わなければならないのも,大学が採点基準を発表しないからです。和訳問題を出題するなら採点基準をあらかじめ明示せよ,と言いたいところですが,技術的には大変でしょうね。
作成日 2007.02.18 Ver. 0.8