「思想ほど危険なものはない,ひとつしか持っていない時は。」
フランスの哲学者アランのことば。フランス語原文はこんなかんじです。
Rien n’est plus dangereux qu’une idée quand on a qu’une idée. (Propos sur la religion)
idea (idée も)はちょっとおおげさに「思想」と訳すこともできますし,「考え方」くらいで訳すこともできます。
「思想」とは,世の中のありとあらゆることについての自分のものの見方の核心,それを通して他人・自分・世界を見る窓のようなものと理解しておきます。凝り固まったものの考え方はあぶない,というのは常識的にも理解しやすいと思います。
でも,ひとつの凝り固まった思想は,自分に対しては確信や信念をもたらしてくれますし,他人からは,ゆるぎない自信にあふれているように見えます。病を癒すことさえあります。
Nothing is more powerful than an idea, when you have only one idea.
といってもいいわけです。
複眼的思考が大切,と気楽に言ったりしますが,そんなにかんたんに複眼(to have more than one idea)を持つことはできません。相反する考え方を同時にできるなら,誰に対しても憤ることもないでしょうが,そんなことができるでしょうか。できたとしても「正しさ」に近づくことができやすい代わりに,「確信」を失ってしまいます。しばしば自信のなさ,自己卑下に陥り,またそうでなくても単眼と戦えば敗北は必至でしょう。
それでも「危険」であることには変わりありません。単眼の正しさを保証してくれるものは単眼自身には存在せず,複眼を持ち合わせることしかありません。人生で,あるいは歴史の中で,数少ない時期には脇目もふらず単眼で生きねばならない時もあるとは思いますが。