A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 20

第3章,そして最終章です。この章は短くて,ここでは2回で終わります。つまり次回が最終回。

ホームズは奸策を労してやっと写真のありかを突きとめました。後は国王を連れて現物を押さえるだけです。前回の翌日の朝から話はスタートします。

 

<― 朗読

3

 

I slept at Baker Street that night, and we were engaged upon our toast and coffee in the morning when the King of Bohemia rushed into the room.

"You have really got it!" he cried, grasping Sherlock Holmes by either shoulder and looking eagerly into his face.

"Not yet."

"But you have hopes?"

"I have hopes."

"Then, come. I am all impatience to be gone."

"We must have a cab."

"No, my brougham is waiting."

"Then that will simplify matters." We descended and started off once more for Briony Lodge.

"Irene Adler is married," remarked Holmes.

"Married! When?"

"Yesterday."

"But to whom?"

"To an English lawyer named Norton."

"But she could not love him."

"I am in hopes that she does."

"And why in hopes?"

"Because it would spare your Majesty all fear of future annoyance. If the lady loves her husband, she does not love your Majesty. If she does not love your Majesty, there is no reason why she should interfere with your Majesty’s plan."

"It is true. And yet — Well! I wish she had been of my own station! What a queen she would have made!" He relapsed into a moody silence, which was not broken until we drew up in Serpentine Avenue.

The door of Briony Lodge was open, and an elderly woman stood upon the steps. She watched us with a sardonic eye as we stepped from the brougham.

"Mr. Sherlock Holmes, I believe?" said she.

"I am Mr. Holmes," answered my companion, looking at her with a questioning and rather startled gaze.

"Indeed! My mistress told me that you were likely to call. She left this morning with her husband by the 5:15 train from Charing Cross for the Continent."

"What!" Sherlock Holmes staggered back, white with chagrin and surprise. "Do you mean that she has left England?"

"Never to return."

"And the papers?" asked the King hoarsely. "All is lost."

"We shall see." He pushed past the servant and rushed into the drawing-room, followed by the King and myself. The furniture was scattered about in every direction, with dismantled shelves and open drawers, as if the lady had hurriedly ransacked them before her flight. Holmes rushed at the bell-pull, tore back a small sliding shutter, and, plunging in his hand, pulled out a photograph and a letter. The photograph was of Irene Adler herself in evening dress, the letter was superscribed to "Sherlock Holmes, Esq. To be left till called for." My friend tore it open and we all three read it together. It was dated at midnight of the preceding night and ran in this way:

 

その晩はベーカー街に泊まり,トーストとコーヒーで朝食を取っているところにボヘミア王が部屋に飛び込んできた。

「ほんとうに取り戻したのか。」と叫びながら,ホームズの両肩をつかんで,彼の顔をのぞき込んだ。

 

「いや,まだです。」

「でも希望はあると?」

「あります。」

「では行こう。じっとしているわけにはいかない。」

「では辻馬車を呼ばなければ。」

「いや。私のブルーム馬車を待たせてある。」

「なら,話が早い。」我々は下に降りて,ふたたびブライオニー荘に向けて出発した。

 

「アイリーン・アドラーは結婚いたしました。」とホームズが言った。

「結婚!いつだ?」

「昨日です。」

「だが,誰と?」

「ノートンというイギリス人の弁護士です。」

「しかし,彼女に愛情があるはずはない。」

「あってほしいと思いますが。」

「なぜそうあってほしいんだ?」

 

「そうであれば,将来,陛下の足を引っぱる恐れはなくなりますから。あの女性が夫を愛しているならば,陛下を愛していないことになります。そうなれば陛下のご計画のじゃまをする理由はなくなります。」

「なるほどそうか。しかし,それにしても彼女が私と同じ身分だったらよかったのだが。どれほどすばらしい王女となっただろう。」そう言って,国王はサーペンタイン通りにつくまでふさぎ込み,黙りこくってしまった。

 

ブライオニー荘の玄関は開け放たれていて,階段の上には老女がひとり立っていた。ブルーム馬車から僕たちが降りるのを,老女は小馬鹿にしたような目で見つめていた。

「シャーロック・ホームズさんですね。」と彼女が言った。

「いかにもそうですが。」とホームズは答えたが,彼女を見る彼の目つきはいぶかしげで,かなりあわてた様子だった。

「やっぱり。奥様が,あなたがきっとお訪ねになるとおっしゃってたものですから。奥様は,旦那様とご一緒に,今朝5時15分の列車でチャリング・クロス駅から大陸へ向けてお発ちになりました。」

「何だって!」ホームズはたじろいで後ずさり,無念さと驚きで蒼白になった。「イギリスを去ったということか?」

「二度とお戻りになりません。」

「では,書類は?」と国王がしわがれ声で尋ねた。「すべて持ち去られたというわけか。」

「調べてみましょう。」ホームズは召使い女を押しのけて,居間に突き進み,国王と僕がそれにつづいた。家具はあたり一面に散乱し,棚ははずされ,引き出しは開いたままで,まるで彼女が逃亡前に家捜しをしたかのようであった。ホームズは呼び鈴の引きひものところまで走り寄り,小さな引き戸をちぎるように開き,手を突っ込んでから抜き出すと,写真と手紙が一通握られていた。写真はイブニングドレスを着たアイリーン・アドラー本人が写り,手紙には「シャーロック・ホームズ様宛て留置」と宛名が記してあった。ホームズは手紙を開封し,3人でのぞき込んだ。日付は昨夜12時で,次のように書かれていた。

 

【解説】

  • we were engaged upon our toast … when the King of Bohemia rushed into the room. be engaged on[in] ~ 「~に没頭している」。 全体は, 過去進行形~+when+過去形… 「~していると,その時・・・した」の形。
  • grasping Sherlock Holmes by either shoulderV + O + 前置詞 + 体の部位 で,「Oの~をVする」という表現形式(既出)。 either + 単数 「どちらの~も」。結局 both + 複数 と同じことだが,後ろの名詞に単複のちがいがある。
  • I am all impatience to be gone.be all + 抽象名詞 = be very + 形容詞 「とても~だ」(既出)。ゆえに, I am all impatience to … = I am very impatient to …  be impatient to V 「Vしたくてたまらない」。 be gone 「行く,行ってしまう,いなくなる,死ぬ」。
  • "We must have a cab." "No, my brougham is waiting." ― cab 「辻馬車」(現代のタクシーにあたる)。 brougham 「ブルーム馬車」(1頭立て4輪)。
  • started off once more for Briony Lodge. ― start off for ~ 「~へ出かける,出発する」
  • "But to whom?" "To an English lawyer named Norton." ― これらの to は前の married にかかる。 be married to ~ 「~と結婚している」(with ではなくto)。
  • she could not love him. ― could not は cannot とほぼ同じで「~はずがない」。ボヘミア王はアイリーンがまだ自分を愛していると思っているのでしょう。逆に言えば未練があるのは王の方で,未練があるくせに人を雇ってアイリーンの家に盗みに入らせたり,待ち伏せさせたりと,いやな男です。
  • I am in hopes that she does.in the hope that … 「・・・という希望を持って」。 does = loves him (himはNorton)。
  • Because it would spare your Majesty all fear of future annoyance.spare O1 + O2 「 O1にO2(苦労・めんどう)をかけない,のがれさせてくれる」。 O1 = your Majesty, O2 = all fear of …。 annoyance 「わずらわしさ,頭痛の種」。
  • there is no reason why she should interfere with your Majesty’s plan.interfere with ~ 「~のじゃまをする」。 reason why S+V 「・・・する理由」(why は関係副詞)。 why 節におけるshould は意外感を表す。「・・・するとは」「・・・するなんて」と訳せるが,無理して訳さなくてもいい。
  • I wish she had been of my own station! ― wish S + had p.p. 「(あの時)・・・だったらなあ,・・・していたらよかったのに」。過去の実現されなかったことに対する願望(つまり,手遅れのことをネチッこく願望すること)。station 「立場,身分」(古風な表現)で, be of ~ station は「~の身分にいる」。
  • What a queen she would have made! ― would have p.p. は仮定法過去完了。ここでは,If she had been married to me が省略されているかんじ。 what a queen 「どんな女王」は made の補語。 make + C 「Cになる」。becomeに近い make で,「Cと呼ばれるにふさわしいものになる」のような場合に使われる。
  • He relapsed into a moody silence, ― relapse into ~ 「再び~におちいる,もどる」。 moody 「ふさぎこんだ,憂鬱な,悲しげな」。
  • which was not broken until we drew up in Serpentine Avenue. ― 先行詞は a moody silence 。 draw up 「(車が)止まる」。
  • with a sardonic eye ― sardonic 「嘲笑的な」。
  • as we stepped from the brougham. ― as は同時性「・・・すると,する時,しながら」。
  • "Mr. Sherlock Holmes, I believe?" said she. ― この召使いの女性は,彼がホームズであることを当然知るはずがないのにそう呼びかけられたのだから,ここから意外な展開になっていきます。
  • looking at her with a questioning and rather startled gaze. ― questioning 「疑うような,いぶかしげな」。 startled 「はっとした,おどろいた」。 gaze 「凝視」。
  • My mistress told me ― mistress 「女主人」。 つまり,アイリーン・アドラーのこと。
  • 19世紀のチェァリング・クロス駅

    19世紀のチェァリング・クロス駅

  • by the 5:15 train from Charing Cross for the Continent ― for ~ は方向を表す「~に向けて」。 Charing Cross は駅名。
  • Sherlock Holmes staggered back ― stagger 「よろめく,たじろぐ」。あの冷静沈着なホームズが...
  • white with chagrin and surprise. ― white は顔が青ざめていること。 chagrin /ʃəgrin/
  • Never to return. ― 直前の彼女の発言 "She left this morning with her husband …" とつながる。 never to return は《結果の不定詞》のひとつ。 ….., never to return. 「・・・して,そして二度ともどらない」。  (ex.) They left the town behind never to return. 「彼らはその町を出て,二度と戻らなかった」
  • asked the King hoarsely. ― hoarsely 「しわがれ声で」。
  • He pushed past the servant ― push past ~ 「~を押しのけていく」。
  • followed by the King and myself. ― followed は分詞構文。 …, followed by ~ 「・・・,そしてそれに~がつづく」。 He walked into the room, followed by the rest of his family. 「彼がまず部屋に入り,つづいて彼の家族の面々が入っていった。」(彼が先,家族が後であることに注意)。
  • The furniture was scattered about in every direction, ― scatter (about) ~ 「~をばらまく,散らばらせる」。 in every direction 「四方八方に,至る所に」。
  • with dismantled shelves and open drawers ― dismantle 「分解する」。 drawer 「引き出し」。
  • as if the lady had hurriedly ransacked them before her flight. ― as if S + had p.p. (仮定法過去完了) 「まるで(過去に,それ以前に)・・・したかのように」。ransack 「(場所を)くまなく探す」。 them は shelves, drawers を指す。 flight 「逃亡」。
  • Holmes rushed at the bell-pull ― rush at ~ 「~に突進する」 at は《目標》のat 「~めがけて」。 bell-pull は召使いを呼び出すための呼び鈴の引きひもで,ここに写真が隠されているとホームズは睨んでいた。
  • tore back ― tear /teɚ/ 「引き裂く,ちぎる」。 tear-tore-torn。
  • plunging in his hand ― plunge in ~ 「~を中に突っ込む,押し込む」。
  • The photograph was of Irene Adler herself in evening dress ― was の後ろに the one (= the photograph) を補って考えるとよい。 in は《着用》のin 「~を着て」。求めているのは王とアイリーンのツー・ショット写真。これはアイリーンだけが写っている写真。
  • the letter was superscribed to "Sherlock Holmes, Esq. To be left till called for." ― superscribe 「宛名を書く」(現代ではこの意味ではまれ)。もともと,super (上に) + scribe (書く) で,手紙の最初(上方)に「~様」とあて先を書くことを言う。反対は subscribe (sub 「下に」 + scribe) 「署名する」。 人名 + Esq. 「~様,~殿」(やや古めかしいか正式な時)(= Esquire)。 to be left until called for 「(郵便物の)局留め」(ここでは局ではなくて,家に留めておくこと)。 This letter is to be left until called for. の省略形で,直訳すると「この手紙は,要求があるまで(求められるまで)ここに残しておいてください」ということ。つまり,本人以外は持っていかないでね,ってことです。
  • My friend tore it open ― tear ~ open 「~を破って開ける」。 open は形容詞で補語。
  • It was dated at midnight of the preceding night ― date 「日付を書く」。 preceding 「前の,先行する」。
  • ran in this way: ― run 「(物語・話・ことわざなどが)~と書いてある,述べられている」。 (ex.) The stroy runs as follows. 「話では,次のようになっている。」 in this way 「このように」。 この this は後方照応(後ろをさす)。つまり, この in this way は「次のように」。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。