A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 14

馬丁に変装したホームズが,ターゲットの女性アイリーン・アドラーを尾行していくと,着いた先は教会で,アイリーンとゴドフリー・ノートン,それに牧師が教会の中でもめています。ノートンは教会に迷い込んだ馬丁(ホームズ)を見かけると,走り寄ってきて「ちょっと来てくれ」といわれます。どうも結婚式のようなのですが...

 

<― 朗読

"I was half-dragged up to the altar, and before I knew where I was I found myself mumbling responses which were whispered in my ear, and vouching for things of which I knew nothing, and generally assisting in the secure tying up of Irene Adler, spinster, to Godfrey Norton, bachelor. It was all done in an instant, and there was the gentleman thanking me on the one side and the lady on the other, while the clergyman beamed on me in front. It was the most preposterous position in which I ever found myself in my life, and it was the thought of it that started me laughing just now. It seems that there had been some informality about their license, that the clergyman absolutely refused to marry them without a witness of some sort, and that my lucky appearance saved the bridegroom from having to sally out into the streets in search of a best man. The bride gave me a sovereign, and I mean to wear it on my watch-chain in memory of the occasion."

"This is a very unexpected turn of affairs," said I; "and what then?"

"Well, I found my plans very seriously menaced. It looked as if the pair might take an immediate departure, and so necessitate very prompt and energetic measures on my part. At the church door, however, they separated, he driving back to the Temple, and she to her own house. ‘I shall drive out in the park at five as usual,’ she said as she left him. I heard no more. They drove away in different directions, and I went off to make my own arrangements."

"Which are?"

"Some cold beef and a glass of beer," he answered, ringing the bell. "I have been too busy to think of food, and I am likely to be busier still this evening. By the way, Doctor, I shall want your cooperation."

"I shall be delighted."

"You don’t mind breaking the law?"

"Not in the least."

"Nor running a chance of arrest?"

"Not in a good cause."

"Oh, the cause is excellent!"

"Then I am your man."

"I was sure that I might rely on you."

"But what is it you wish?"

"When Mrs. Turner has brought in the tray I will make it clear to you. Now," he said as he turned hungrily on the simple fare that our landlady had provided, "I must discuss it while I eat, for I have not much time. It is nearly five now. In two hours we must be on the scene of action. Miss Irene, or Madame, rather, returns from her drive at seven. We must be at Briony Lodge to meet her."

「僕はなかば引きずられるようにして祭壇の前まで連れていかれ,自分がどこにいるのかもわからないうちに,気づいてみたら,耳元でささやかれるとおりに返事をつぶやいて,自分でも知りもしないことの保証人になって,要するに新婦アイリーン・アドラー嬢と新郎ゴドフリー・ノートン君の法にのっとった婚姻を手助けしていたわけだ。すべてはあっという間に終わって,僕は左右はお礼の言葉を言う花嫁と花婿に,正面はにこにこ微笑む牧師に囲まれることになった。今までの人生でこれほどわけの分からない立場に立たされたことはないよ。今思い返しただけでも,吹き出してしまうくらいだ。どうも結婚許可証に不備があって,牧師は誰かの証人がいないと,どうしても結婚させるわけにはいかないと言い張っていたらしい。そこへ幸運にも僕が現れたものだから,花婿が付添人を探しに街へ飛び出すはめにならずにすんだってことのようだね。花嫁は1ソブリン金貨をくれたよ。この事件の記念に時計の鎖につけておこうかな。」

「ずいぶんと予想もしない成り行きになったもんだね。」と僕は言った。「で,それからどうなったんだい?」

「いや,計画はかなりやばいことになってきた。新郎新婦はすぐにでも旅立ちそうだから,こちらとしても迅速で強力な対抗策が必要だ。でも,教会の玄関で二人は別れて,彼の方はテンプル法学院へ,彼女は自宅へ戻って行った。別れ際に彼女が,『いつもどおり,5時に公園へ行くから』と言っていたが,それ以上は聞き取れなかった。二人は別々の方向へ消えてから,僕は準備のために帰ってきたわけだ。」

「準備?」

「コールドビーフにビールを一杯,ってことさ。」彼はベルを鳴らしながら言った。「忙しすぎて食事のことなんか忘れていたからね。それに今晩はもっと忙しくなりそうだ。ところでドクター,君の協力が必要なんだが。」

「喜んでやらせてもらおう。」

「法律を破るのはいやかい?」

「ぜんぜん。」

「逮捕される可能性があっても?」

「ちゃんとした大義名分があればね。」

「それは完璧にある。」

「では,まかせてくれ。」

「そう言ってくれると思ってたよ。」

「でも,何をやれっていうんだい?」

「ターナー夫人が料理を持って来てから話すさ。」そう言うと,彼は下宿のおかみさんが出してくれた簡単な食事をがつがつとやっつけにかかった。「食べながら話させてもらうよ。あまり時間がないからね。もう5時近い。2時間後には現場にいなくちゃいけない。アイリーン嬢,というか夫人か,彼女は7時には馬車で戻ってくる。二人でブライオニー荘で待ち構えるんだ。」

 

 

【解説】

僕はなかば引きずられるようにして祭壇の前まで連れていかれ

僕はなかば引きずられるようにして祭壇の前まで連れていかれ

  • half-dragged ― half-形容詞・分詞 は「半分~な状態で」 (ex.) half-baked 「生焼けの」 drag 「引きずる」は「マウスをドラッグする」の drag。
  • I found myself mumbling responsesfind oneself Ving 「(気がついてみると)Vingしている」(V+O+C)。 mumble 「ぶつぶつつぶやく」。宗派によってちがうかもしれないが,一般に欧米では結婚式には証人が必要とされる。馬丁=ホームズはその証人役にされているのである。ここでは,牧師が証人としてのセリフを教え,それをmumbleしている。
  • vouching for things of which I knew nothingvouch for ~ 「~を保証する,~の保証人になる」
  • assisting in the secure tying up of Irene Adler, spinster, to Godfrey Norton, bachelor.assist (+O) in Ving 「(Oが)Vするのを手伝う」。 tie up には「結婚させる」という意味がある。tying up of A to B という形は辞書には見当たらないが, the marriage of A to B なら「AとBとの結婚」となるので,ここはそう解釈できる。spinster 「独身女性」,bachelor 「独身男性」はそれぞれ Irene Adler と Godfrey Norton と同格。なお,spinster は法律用語では「独身女性」だが,日常語では「オールドミス」「いかず後家」(古いか?)的な響きがあって,PC的には避けるべきとされている。
  • It was all done ― done = finished, completed 「終わった」。
  • there was the gentleman thanking me on the one side and the lady on the other ― on the one side, … on the other 「一方には・・・,また一方には」。 There is A and B 主語はA and B だから複数なのだが,しばしばThere is が使われる。
  • beamed on mebeam on[at] ~ 「~に微笑む」。
  • preposterous position ― preposterous 「不合理な,ばかげた」(=completely unreasonable, especially in a way that is shocking or annoying (OALD) 「まったく理屈に合わない,特に衝撃的で不快感を与えるほどに」)
  • it was the thought of it that started me laughing just now. ― 強調構文。start + O + Ving 「OにVし始めさせる」。ここは無生物主語構文。
  • 18世紀イギリスの marriage license の例

    18世紀イギリスの marriage license の例

  • It seems that there had been some informality about their license ― informality はふつうは「形式張らないこと」だが,ここではformalityの反対語で「正規の手続きに反していること」。 license 「結婚許可証」。これも欧米では必要になることがある。 It seems that の that節がthat there had been と that the clergyman absolutely refused とthat my lucky appearance の3つある。
  • refused to marry them without a witness ― witness 「証人」。下の【おまけ】参照。
  • that my lucky appearance saved the bridegroom from having to sally out into the streets in search of a best man.save O from Ving 「OがVすることを不要にする」。この save は「救う」ではなく,「省く,節約になる」。無生物主語構文。「出現は,花婿が・・・するのを不要にした」→「現れたおかげで,・・・せずにすんだ」。sally out 「とびだす,出かける」 in search of ~ 「~を探しに」。 best man 「花婿の付添人」。「花嫁の付添人」は bridesmaid。この二人と新郎新婦を合わせた4人が wedding party 「結婚当事者」と呼ばれる(「披露宴」は wedding reception)。
  • a sovereign ― 「ソブリン金貨」。前回説明済み。
  • mean to wear it ― mean to V 「Vするつもりだ」。
  • in memory of the occasionin memory of ~ 「~を記念して,~を偲んで」。
  • turn of affairs ― turn 「変化,推移」。 affairs 「事柄,事態」。
  • and what then? ― What then?  「それで?」 話のつづきを聞きたい時に使う。
  • I found my plans very seriously menaced ― find + O + C 「OはCだと思う」。menace 「脅威を与える」。
  • It looked as if the pair might take an immediate departure ― It looks as if … ≒ It seems that … 「・・・」の部分には直説法が使える。
  • necessitate very prompt and energetic measures on my part ― necessitate 「~を必要とする」(= make something necessary)。 名詞+ on one’s part 「~の側の名詞」はただの所有格を用いた one’s + 名詞 を強調する働き。
  • he driving back to the Temple, and she to her own house. ― she の後ろにはdriving が省略されていて,2つのdrivingが分詞構文,he と she がその意味上の主語。
  • in different directionsin ~ direction 「~の方向へ」。 direction は「方向」で,to ではなく,inを使う。
  • make my own arrangements ― make arrangements 「手配する,準備する」。
  • "Which are?" ― この which は関係代名詞で,先行詞は直前のセリフの中の arrangements。「その準備っていうのは...?」ということ。
  • he answered, ringing the bell ― このベルは下宿のおかみさんを呼び出すベルでしょう。
  • busier still ― 比較級 + still は「いっそう~」。 still + 比較級 という順も多い。
  • I shall be delighted. ― be delighted 「喜ぶ,うれしい」。後ろには, to cooperate with you が省略されている。また,Delighted だけでも「喜んで」になる。
  • You don’t mind breaking the law? ― mind + Ving 「Vするのをいやがる」。
  • Not in the leastnot … in the least 「少しも・・・でない」。
  • Nor running a chance of arrest? ― 完全に書くと Nor do you mind running …? run a chance = run a risk 「危険を冒す」。
  • Not in a good cause. ― cause は「原因」以外に「大義,主義主張」の意味がある。 be in a good cause = worth doing, because it is helping other people 「人助けになるのでやる価値がある」。 この Not は前文の否定文の代わりをするnot。この場合は,Not = I don’t mind running a chance of arrest で,「大義名分があれば,逮捕の危険もいとわない」ということ。
  • I am your man. ― one’s man 「もってこいの男」 (ex.) If you want a good cook, he’s your man. 「いい料理人が欲しいのなら,あいつこそうってつけだ。」(ジーニアス大英和辞典)
  • I was sure that I might rely on you. ― rely on = depend on。 このへんのやりとりは,ホームズとワトソンの友情がにじみ出ています。
  • When Mrs. Turner has brought in the tray ― tray は食事ののったお盆。「ターナー夫人」とは先ほどホームズが呼んだ下宿のおかみさん。ところでこの「ボヘミアの醜聞」では,お上さんの名がターナー夫人になっているのだが,他の作品ではハドソン夫人になっている。われわれふつうの読者はそれを筆者コナン・ドイルのミスと考えるわけだが,シャーロキアンと呼ばれる人たちにとってはホームズ・シリーズは一字一句誤りのない聖典なので,ここにもいろいろ理屈をつけている。ハドソン夫人が料理を作って,出したのはターナー夫人だとか,ハドソン夫人はこの時期だけターナー氏と結婚していたとか(筑摩「詳注版シャーロックホームズ全集3」による)。
  • he turned hungrily on the simple fare that our landlady had provided ― turn on ~ 「~に向かう」。 fare 「食事」は既出。
  • In two hours ― in + 時間 「~したら,~後に」 これも既出(だっけ?)
  • Miss Irene, or Madame, rather, returns ― Miss と言ってから,Madame と言い変えたもの。Madame は Mrs と同じだが,イギリスでは外国人に使われることが多い。

 

【おまけ】

今回は結婚に関する法律上の手続きの話が出てきますが,筑摩「詳注版シャーロックホームズ全集3」によると,この記述は実際とはかなり異なっているようです。現実には,証人は2人必要,証人が式中で何かを「つぶやか」されることはない,書類に不備があれば式は(証人がいようと)行われない,そもそも式はこんなに短時間ではない,などです。上の「ターナー夫人」のところで書いたのと同じように,シャーロキアンはここでもつじつまを合わせるために想像をたくましくしています。たとえば,ノートンと牧師はグルになったペテン師だというものもあります。こっちの方がおもしろかったりして。

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